寒締め菜っぱの誕生話
- 2024年8月18日
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冬の菜っぱが甘くて美味しいことは古くから知られていた。寒さに遭った菜っぱが糖を蓄えるからだ。この性質をうまく利用した技術が寒締めホウレンソウや寒締めコマツナなど北国の冬の特産品を生んだ。
冬の盛岡のスーパーに新鮮な野菜(とくに菜っぱ)が少ないことがきっかけで、この技術の開発が始まった。当時、市内で無加温ハウスを使って小松菜や山東菜を出荷する農家はいたが、出荷量は少なく、店頭の野菜のほとんどは関東産だった。当時の東北農業試験場(現、東北農業研究センター)の気象環境制御研究室のメンバーは私を含めて全員関東出身で、冬の美味しい菜っぱを何とか盛岡で作れないかと思案した。ハウスにカーテンやトンネルを設け、菜っぱをべたがけで覆うなど、徹底的に保温すれば、冬が寒い盛岡でもコマツナやホウレンソウを育てられることが分かった。ところが急に強い寒さが来たときに凍害を受けてしまった。保温すると、晴天日中に温度が上がって菜っぱはすくすくと育つが、寒さに弱くなる(耐凍性が低下:こちら参照)。一方、保温しても夜間のハウス気温は屋外とそれほど変わらないから、保温による日中の高温が凍害を助長してしまう。凍害を防ぐには日中にカーテンやトンネルを頻繁に開け閉めし、ハウス気温を下げて耐凍性を高めながら、ほどほどに生長させなければならない。非常に手間のかかる管理が必要だ。
そこで研究室の同僚が編み出した栽培シナリオは以下の通り。
1)本格的な寒さが来る前に菜っぱを出荷サイズまで育てる
2)外気温が生育停止温度近くまで低下したら、ハウスの窓を開ける
3)菜っぱの生育が止まるとともに耐凍性が高まる
4)生育が止まるから、春までハウスに貯蔵でき、その間、いつでも収穫可能
5)寒さで糖やビタミンなどの栄養分が増加する
1)の実現には、播種時期とハウスの温度管理(窓の開け閉めなど)がポイントだ。2)の生育停止温度は作物や品種で異なる。例えばホウレンソウはおよそ5℃、コマツナはおよそ0℃で生育が止まる。盛岡で日平均気温の平年値がこの程度になるのは、11月下旬から12月中旬だ。この頃までに1)の出荷サイズに育て上げることが理想だ。遅れると小さいまま出荷することになる。無理に育てれば凍害の危険性が増す。4)に私たちはハーベスタブル・ストック(harvestable stock;いつでも出荷できる収穫)と名づけた。温暖な関東などの菜っぱ主産地では、冬中、生長が止まらないから、ハーベスタブル・ストックにならない。北国の特権と言える技術で、寒さが続く限り安定かつ持続的に出荷できる。5)によって甘くて美味しい野菜になるほか、ビタミンCやビタミンEなどの栄養価も高まる。一方、ホウレンソウの有害成分である硝酸濃度は低下し、シュウ酸濃度は一般品と変わらない。
寒締めが可能な野菜は、ホウレンソウやコマツナに限らない。山東菜、大根菜、レタスなどの葉菜類やカブ、ニンジンなどの根菜類も、寒さで甘くなる。ただし作物や品種によって生育停止温度や耐凍性が異なるので、寒締め栽培ができる地域も作物ごとに異なる。ホウレンソウは生育停止温度が高く、耐凍性が大きいので、東北から南北海道まで広い地域で栽培できる。コマツナは耐凍性が比較的大きいので、東北全域で栽培に適するが、北海道では難しい。耐凍性が小さいレタス類の寒締めは、南東北に限られる。
ところでスーパーで売られる寒締めホウレンソウは、写真のように袋詰めされている。これは岩手県のある農協がチヂミ系のホウレンソウ品種を寒締めに使用し、その詰め方が全国に広がったからだ。今では種苗会社もチヂミ系品種を寒締め用と称して販売している。実はホウレンソウを寒締めすると、葉にシワがよって葉全体がタンポポのように開く。それなら最初からシワがよって葉が開くチヂミ系品種を使えば良いと考えたのだろう。ところがチヂミ系品種は寒さにあわなくても寒締めしたかのような姿をしているから、寒締めしたものとそうでないものとの区別が難しい。このため寒さに当たっていない(甘くない)ホウレンソウが寒締めとして売られたり、岩手産の寒締めホウレンソウの価格が、安価な関東産のチヂミホウレンソウの影響を受けたりというトラブルが生じた。私の知り合いのホウレンソウ農家は、市場出荷用には農協が指定するチヂミ系品種を栽培するが、自家用には剣葉系の品種を栽培している。チヂミ系はエグ味が強いので、寒締めの旨さを味わえないというのが理由だ。
寒締め菜っぱの開発について、より詳しくはこちらをご覧ください。
